東京, 2026年3月25日 - (JCN Newswire) - 富士通株式会社(以下、富士通)(注1)と国立大学法人大阪大学(注2)量子情報・量子生命研究センター(以下、大阪大学)は、このたび、Early-FTQC時代(注3)の量子コンピュータの産業応用を加速する新たな技術を開発しました。独自の高効率位相回転ゲート式量子計算アーキテクチャ(注4)「STARアーキテクチャ」の位相回転(注5)の精度を向上させた「STARアーキテクチャ」ver. 3と、計算対象の分子モデルを最適化する新技術を組み合わせることで、計算リソースを大幅に削減しました。これにより、現行コンピュータでは計算できない触媒分子といった化学材料のエネルギーをEarly-FTQC時代の量子コンピュータを用いて現実的な時間で計算できる見込みが得られました。本技術の活用により、医薬品開発の加速、アンモニア生成プロセスの効率化、カーボンリサイクル技術の進展など、様々な社会課題の解決に貢献することが期待されます。
背景
近年、量子コンピュータは創薬や暗号、金融など、多岐にわたる産業分野での活用が期待されています。しかし、量子コンピュータにはノイズなどにより計算中にエラーが発生しやすいという問題があり、正確な計算を行うためには、大量の量子ビットを使ってエラーを防止する必要があります。そのため、一般的には、実用的な計算を現実的な時間内で行うために、100万量子ビット規模の量子コンピュータが必要と言われています。
これに対し、これまで富士通と大阪大学は、エラー訂正に基づく量子計算技術の研究開発に取り組み、量子コンピュータの早期実用化に向けて、2023年3月23日に「STARアーキテクチャ」ver. 1を確立しました。さらに、そのコア技術である高効率位相回転ゲートの高精度化により計算規模を飛躍的に拡大させる技術を搭載した「STARアーキテクチャ」ver. 2を開発し、2024年8月28日に発表しました。この技術確立により、Early-FTQC時代の量子コンピュータを用いて高温超伝導などの固体材料物性を計算できる見込みが得られました。
一方で、より複雑な構造を持つ化学材料である分子のエネルギーを実用に十分な精度で計算するためには膨大なリソースが必要であり、これまでの技術では計算リソース不足で計算できない、もしくは、計算できても非現実的な計算時間が掛かると見積もられていました。
開発した技術
本共同研究では、以下の2つの技術を組み合わせることで、実用に十分な精度と時間で化学材料のエネルギー計算を実現できることを示しました。
1.「STARアーキテクチャ」ver. 3の開発
「STARアーキテクチャ」ver. 1とver. 2は独自の位相回転ゲートを導入することにより、論理Tゲート(注6)を繰り返す従来のFTQCアーキテクチャよりも少ない量子ビットと計算時間での実行可能性を示しました。これまで位相回転ゲートのエラー訂正をしない代わりに計算精度を高く保つ改善を重ねてきましたが、より複雑な分子計算にはさらなる計算規模の拡大が不可欠でした。今回の「STARアーキテクチャ」ver. 3では、位相回転ゲートと論理Tゲートを融合させることで計算精度をさらに10倍以上向上させたことにより、同じ量子ビット数での計算規模を拡大させました。これにより、従来は困難だった規模の計算が可能になるとともに、量子ビットに要請するエラー率を緩和できます。
図1:量子計算アーキテクチャの基本ゲートセットの比較
2. 分子モデル最適化技術
本技術は、「STARアーキテクチャ」ver. 3を実装した量子コンピュータを用いることを前提とし、そこで実行する量子回路を分子モデルから生成する際に用いる技術です。既存技術では、分子モデルを多数の項に分割し、性質の異なる時間発展法(注7)とランダムサンプリング法(注8)という2つの手法を各項の重要度に応じて使い分けることで計算リソースを削減できることが知られています。これに対し、近似精度を維持したまま分子モデルを変形して重要度の分布を変え、2つの手法のバランスを最適化する手法を考案しました。これにより、分子のエネルギー計算のための量子回路に含まれるゲート数を最小化し、計算時間を既存手法より大幅に削減します。
図2:分子モデル最適化の動作原理
これらの技術の効果検証として、創薬分野で重要な酸化酵素とされるタンパク質のシトクロムP450(注9)、アンモニア合成やエネルギー代謝に関与する触媒タンパク質の鉄-硫黄クラスター(注10)、合成化学分野で注目されているルテニウム触媒(注11)、という3つの分子を対象に、産業応用可能な精度でのエネルギー計算に必要な量子ビット数と計算時間を検証しました。これらの分子の正確なエネルギー計算は、現行の古典コンピュータではメモリ不足のために実現不可能であり、「STARアーキテクチャ」ver. 2であっても数千年かかるうえに高精度計算も困難な計算規模となります。今回の検証の結果では、主に「STARアーキテクチャ」ver. 3の効果により、量子ビット数を従来FTQCアーキテクチャと比較して1/15から1/80程度に低減しました。また、量子ビットに要請する物理エラー率をこれまでの0.01%から0.10%に緩和してもEarly-FTQC時代の量子コンピュータで計算可能であることを確認しました。
図3:3種の分子のエネルギー計算に必要な量子ビット数
また、計算時間は、分子モデル最適化技術により、本技術を用いない場合と比較して3桁短縮し、量子ビットのエラー率が0.10%で35日前後、0.01%で10日前後と大幅に短縮できることを確認しました。将来的に期待される量子コンピュータの物理エラー率の低減と、複数台の量子コンピュータを用いた並列計算の実行により、計算時間をさらに短縮することも可能であり、十分実用に耐えうる計算時間を実現できると考えられます。
図4:3種の分子のエネルギー計算に必要な計算時間
今後について
今後も富士通と大阪大学は、「STARアーキテクチャ」および分子モデル最適化技術をさらに発展させ、Early-FTQC時代における量子コンピュータの実用的な応用範囲を拡大していきます。そして、創薬、新素材開発、金融など、様々な産業分野への応用を目指し、社会課題の解決に貢献してまいります。
なお、本研究は、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)共創の場形成支援プログラム(COI-NEXT)「量子ソフトウェア研究拠点」(JPMJPF2014)、JST ムーンショット型研究開発事業 ムーンショット目標6「2050年までに、経済・産業・安全保障を飛躍的に発展させる誤り耐性型汎用量子コンピュータを実現」 研究開発プロジェクト「誤り耐性型量子コンピュータにおける理論・ソフトウェアの研究開発」(JPMJMS2061)、および、文部科学省 光・量子飛躍フラッグシッププログラム(Q-LEAP)「知的量子設計による量子ソフトウェア研究開発と応用」 (JPMXS0120319794)による助成を受けて行われました。
URL https://global.fujitsu/ja-jp/pr/news/2026/03/25-01